秋葉原連続通り魔事件犯人・加藤智大の生い立ちと家族の末路(引用元:kwsklife)

cyl 2021/03/17 告発 コメント

秋葉原連続通り魔事件

2008年6月8日に 東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔事件。

犯人の加藤智大は2トントラックで秋葉原の交差点に 凄いスピードで赤信号を無視して侵入。 次々と人をはねました。

その後、加藤は2トントラックがタクシーにぶつかり止まると、 2トントラックを降りました。

そして手に持ったサバイバルナイフを振り回しました。 それからすごい速さで秋葉原の通行人を次々と刺して回ったのです。

その日は日曜日ともあり歩行者天国となっており、 多くの人が訪れていました。

当時は多くの人が逃げ惑い、横たわり血を流す人が居たりなど、 この世の光景とは思えない惨事となっていました。

トラックではねられた人が5名のうち3人死亡・2人が負傷。 ナイフで刺された人が12名のうち4名死亡・負傷8人と 多くの人が犠牲となりました。

加藤智大の生い立ち

加藤智大被告の生い立ちを紐解くと この母親の息子として生まれた事が不幸だったのかもしれません。

加藤智大被告の母は県下一の進学校、 青森県立青森高等学校卒の教育熱心な母親として有名でした。

■幼少から厳しく育てられた。

■冬の寒い日に(話は青森である)薄着で 外に立たされているのを見た近所の人がいる。

■小学生の頃から珠算やスイミングスクール、 学習塾に通わされた。

■友人の家に遊びに行くことも友人を家に呼ぶことも禁止。

■作文や絵画は親の検閲がはいる (先生ウケする様に親が指示命令)。

■見ることが許されたテレビ番組は 「ドラえもん」「まんが日本昔ばなし」

■男女交際禁止

さらに完ぺき主義の母親は常に完璧なものを求めてきました。 母親の作文指導には「10秒ルール」なるものもあったという。

兄弟が作文を書いている横で、母が「検閲」をしているとき、 「この熟語を使った意図は?」などという質問が飛んでくる。

答えられずにいると、母が、「10、9、8、7…」と声に出して カウントダウンを始める。0になるとビンタが飛んでくるという。

この問題における正解は母の好みの答えを出すことであったが、 そこで母が求めていたのもやはり「教師ウケ」であった。

この様な状況で育った加藤智大被告は小中学校は成績優秀スポーツ万能で 母の期待に応え県立青森高校に入学するのですが、 優秀な生徒が集まる高校の中で加藤被告は埋没してしまい成績も低迷し、 母に暴力を振ったり部屋の壁に穴を空け、 教室の窓ガラスを素手で割ったりする様になります。

ちなみに入学当時の志望は北海道大学工学部だった。

加藤被告は親(母親)の欲望を満たす為に長期に渡って 欲求を抑圧する生活を続けていたものと思われます。

表面上、小中学校時代は上手く行っていた彼の人生ですが、 県下一の進学校青森高校に入学してから歯車が狂い始めた様です。

高校での成績は振るわず、3年に進級する時点で 短期大学への進学する事を希望していたと言う。

あれ程、スパルタ教育を受けて入った青森高校から岐阜の短期大学へ。 なにか釈然としません。

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